オズボーン教師と石川県の農家の切ない話

オズボーン教師と石川県の農家の切ない話

明治時代以降の石川県には、初期時代にイギリスから教師がやって来ました。
七尾軍艦所に、その学所がありました。その教師の名はオズボーンと言い、英語を教える為に来たのです。

 

本場の英会話を、明治の初期には学んでいたのです。
中年の男性で、その後の英語教育に大きく功績を残した人物でもあります。
来た当初は、27歳で半年あまりを日本で過ごしました。町に出る時には、着物を着て出かけて行きました。
その光景は、当時の人々から青い目の侍さんと言われていました。

 

そのオズボーンに、日本の役人は良い牛肉を食べてもらおうとしましたが、当時はその牛肉となる牛を飼っている農家はいなかったのです。
その当時の石川県では、牛は家族同然に扱われていて、田畑を耕す時に活躍してくれていました。当時の農家では、牛肉を食べる習慣も無かったのです。

 

奥能登にいた農家の一人が、理由も聞かれずに牛を売り渡してしまいました。後になって牛が食べられてしまったと知り、凄く悲しんだのです。
農家の人はその牛の骨を持って、妙観院に行き供養をしてもらったという話があります。
その話を聞き、オズボーンは牛の墓を建ててもらいました。

 

石川県に住む人の先祖は、牛と共に苦労して開拓をし、生き物に対しての恩を大切にしていたという事が判ります。

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