加賀の女の生きた道

加賀の女の生きた道

加賀百万石の城下町金沢は280年に渡り前田家が統治していました。
石川県民の県民性でよく言われる
「働き者で忍耐強い。保守的。感情を表さず、穏やか。学問好き」は江戸時代を通して築かれたそうです。

 

私の祖母は明治生まれの加賀の女でした。
私の記憶の初めころに出てくるのが祖母です。
150センチに満たない小柄な女性でした。
祖母の人生を少しだけ覗いただけですがまさに石川の県民性を彷彿とさせます。

 

祖母はまだあったこともない祖父の元に嫁いだそうです。
親に決められたお相手、昔は良くあったことかもしれません。
そのころ日立で働いていた祖父のもとに一人でいったそうです。
関東大震災まで東京で暮らしその後金沢に帰ってきました。
大正・昭和初頭の過酷な時代、男女3人ずつ6人の子供を生み育てました。

 

私が幼稚園のとき1年ほど祖母の元で暮らしました。
私が生まれる少し前に祖父がなくなり一人暮らしでした。
今考えれば50歳代です。子供の私から見ればとてもおばあさんでした。
一人で黙々と働いていました。
味噌や梅干も手作り、布団の打ち直し、着物の洗い張り、様々な家事をこなしていました。
祖母と暮らしたときトイレを汚さないように使うことを教えられました。
夜中にふと目覚めたとき祖母がいません。
怖くなった私は隣の親戚の家になきながら行くと祖母はお寺にお参りに行っていることがわかりました。
祖母の日常は朝早く起きて掃除・食事の用意をして仏壇にお供えをし祈ります。
祖母は浄土真宗の信者でした。

 

決してて派手なことはしませんでしたが趣味の編み物を長く続け、御詠歌をを習い、年に数度の旅行を楽しんでいました。

 

80後半まで一人で暮らし、孫の世話までしていました。
100歳まで生きた祖母はまさに加賀の女でした。

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